hitorigoto

20073

喜ぶうどん
梅祭りも終わり、ここ星合茶屋はひっそりいつもの佇まいになった。
お客さんも少し減り、また赤字とお友達になりそうな雰囲気である。
そうしたなか常連さんが、「引っかかったで、うちの娘」と。
天然ボケのうちの母は、「何が引っかかったん?」と聞く。
「何がや、ないやん、おばちゃん・・・大学受験合格や」
「あー、そらよかった」
「お礼参りのうどんなに食べよ?」
「そうやなあ・・・何でもええから食べとき」
その会話を聞いていた周りの数人のお客さんが、お礼参りのうどん考えなあかんなあ・・・。
こんな時、すべらんうどん屋はとてもいい。
むかしの長屋ではないが、床机に皆が座っているので垣根がない。
皆仲間でその時だけは人類皆兄弟である。
あれがいいこれがいいと、いろいろなアイデアが飛び交い輪が広がる。
その時はどんなメニューにするか決まらなかったが、みんなの本音とおかれた環境を素直に喜んで帰られた。
メニューは「喜ぶうどん」になり、梅と昆布入りの素朴なものに決まった。
ありがとう。感謝。
(2007.3.21)


がぁんかけうどん
最近、すべらんうどん屋に、合格の報告を毎日のように学生さんや保護者の方がしてくださる。とてもうれしい。
母は、合格の報告をお客さんから聞くのが楽しみで、毎日の晩御飯の中で私と母二人にとって、一番おいしいおかずである。
そして、昨晩大学受験で合格したとお礼参りに来られた女の子の話になった。

その女の子は、最初天神さんにお母さんとお参りに来られ、そのついでにすべらんうどん屋に立ち寄ってくださったそうだ。合格したら必ずまた来るからと言って帰られた。そして今回、めでたく合格し父親も一緒にお参りに来られた。母親はその子に、早よおばちゃんに自分で報告しときってうながした。
そこまでは普通の親子のシーンだが、その後が大変ほほえましいことが起きた。
昨年末からすべらんうどん屋のメニューの中に「がぁんかけうどん」と言うのがある。これは私の叔父のアイデアで、すべらんうどんの「あんかけうどん」と言うことで駄洒落から、「あんかけうどん」を「がぁんかけうどん」で販売したらと言うことでメニューのひとつにした。「願かけ」と言う言葉はすでによその人が商標を登録されているので、あえて「がぁんかけ」と言う品名にした。私にとっては、すべらんうどんがあんかけと言う意味で、ちょうど「がぁんかけうどん」でよかった。

能書きはこれぐらいにして話をもとにもどそう。
その日はまだ3月一週目だと言うのにとても暖かい日で、うどんを食べるにはちょっとと・・・考えそうな日であった。したがって体がとても温まる「がぁんかけうどん」は誰も注文しなかった。
ところが、その子が注文したのである。母は、今日はあったかいから他のものにしたらと言ったが、その子は、いや「がぁんかけうどん」と言った。案の定、
Tシャツ一枚になって食べた。そして、その理由を聞いてみると、友達が2次試験なのでその子のために祈りながら食べると返ってきた。祈りながら食べると・・・その子のために。
その日の「がぁんかけうどん」の注文はその一杯だけだったが、ご利益一番であってほしい。
やさしい心に感謝。

*
追伸
今の時代は、自分のことだけしか考えられない社会になりつつあるが、私はこの子のように人のために祈り、人の幸せを心から喜べる人になりたい。
(2007.3.6)


いじめと教育委員会
3
2日の晩NHKで、またいじめの問題を取り上げたドキュメントが放映された。
いじめを受けて自殺した息子を持つ親と自分自身がいじめにあった方が主人公で、長野県知事の依頼でその方たちが教育委員会のいじめ対策プロジェクトチームに参加して、いじめ問題を解決していく様子をとらえたものであった。
正直、生々しかった。

いじめをうけた方が講師として生徒の前で語っている様子は、この方自分の感情をコントロールできないまま話しているのではと思うぐらいだった。ただ、事実それぐらいひどいめにあったのであろう。
そして、私がこのドキュメントを見た後の感想は、子供たちに理解してもらうためには同じ目線でないとダメと言うことであった。親の目線、教師の目線、大人の目線では子供の心に伝わらない。実際悲しみを体験した人が訴えることで、その壁は多少なりとも越えられるのだと感じた。
今回はいじめの問題だったが、人の心を揺り動かすものが何なのか少しだけわかった気がした。ほんの少しだけ。だけど、亡くした息子は帰ってこない、親はかわいそう。悲しみだけが心に残る。生きている時だけが花。

その日、その日を大切にしたい。

*追伸

3
3日。また、いじめのドキュメントがあった。私は、今回は見なかった。
毎日のようにいじめ、拉致被害者のことが報道される。拉致問題は世界問題。スポーツニュースではプロ野球より大リーグ。今年は冬がない日本。イラクで起きる爆弾テロ、大量殺戮。何かが大きく変化している地球。世界のありとあらゆるニュースが入る。身近になった世界。

こんな時、未知なる世界からひょっとしたら宇宙人でも訪れるのでは・・・。私の妄想か? いやそんなことはない、世界が身近になったと言うことは、新たな未知なる世界の訪れの前兆だ。私は、アニメ「宇宙戦艦ヤマト」の世界を想像する。間違って権力者が原子力爆弾の弾道ミサイルのボタンを押さないことを祈る。鉄腕アトムのように科学が正義のためだけに利用されてほしい。だけど子供の世界で、これだけいじめのことが問題になるのでは、何が起きても不思議ではない。
おごれる平家は久しからず、おごれる人類久しからず。
(2007.3.5)