hitorigoto

20197

土用の丑
天神祭もおわり、727日は土用の丑でウナギ。
したがって百貨店では鰻巻きがよく売れ、玉子料理の店双樹はとても忙しい。
1
年で一番忙しい1日である。紋日があるのはありがたい。
4
月末からのゴールデンウイークが終わって暇になり、6月末大阪サミットも含め、なかなか売上が上がらず困っていた。
消費者も普段のリズムの生活を取り戻し、売上が少し落ち着いてきた。
これからお盆に向け消費が回復してほしいものだ。
普段のリズムに感謝。
(2019.7.27)



気づき
7
月も半ばを過ぎ、時間が早く過ぎる。来週は天神祭。
そして、私はあることに気がついた。
先週のひとりごとで書いたように、ある目標を来年731日までに達成することを決断した。
なぜ今までできないと思っていることをやると決断したのか。それにはある気づきがあった。
私は人間である。
人間はどこからきたのか。人間はいつ人間になったのか。人間は何からできているのか。いきなりこの姿になったのか。頭脳、内臓手足など人間を形成するすべてはいつできたのか。いきなり数万年前に人間の祖先が生まれたのか。いや、そんなことないだろう。人間の祖先が宇宙から地球にやってきたのか。いや、そんなこともないだろう。宇宙人が人間を地球に連れてきたのか。いや、そんなこともないだろう。そうすると、人間が今の人間になったのはいつだろう。どうして人間になれたのだろう。凡人の私は、単純に地球誕生後ひとつの細胞から数十億年かかって進化し、今の人間になったと信じている。いや、気づいた。
と言うことは、人間は「ありとあらゆる能力を持っている」。必要なくなって使わなくなった能力もあるだろう。これから必要になってくるために進化し続けている能力もあるだろう。潜在能力は桁外れと気がついた。単純に数十億年生き延びるために進化し続けている。すごい生き物である。すべての人間にそのすごい潜在能力が備わっているのである。それを利用しないのはもったいない。
すでに私は60歳である。
普通ならもうすぐ年寄りと言われる年齢かもしれない。だが生きている、生かされている。潜在能力を使わせてもらおうと思ったのである。数十億年かかって受け継ぎ、祖先からいただいて形成された私である。たった60年ぐらいで自分の能力を発揮できるはずがない。私の人間の形成に対する考えに対して、人さまがどのようにどう思おうがかまわない。私は「私の気づき」を信じるのみである。
すべての人の潜在能力は桁外れである。
すべての人間は超能力者である。
その潜在能力や超能力の存在に気づく人は少ない。
私の気づきに感謝。
(2019.7.21)



大きな7月
7
月も半ば。あっと言う間に時間が過ぎる。
毎日何をやっているんだとは思うが、来年7月末までにどうしてもやらなければいけないことができたため、必死である。以前からぼんやりとは思っていたが、後回しになっていたので全くできなかった。そこで期限を切った。毎日考えを巡らせ、ああでもないこうでもないとアイデアを出し、そのこと一点に集中し行動する。そのことを達成するための計画を立て、それを実行する。期限を切ったことで必死である。
また、仕事とは関係ないため、そのために時間を作り行動するのが大変である。ただ、当然達成することで仕事にも関わってくる。また達成するためには仕事の成功が欠かせない。また、家族の幸せが欠かせない。能力がなければできない。人に頼れない。すべてがそろわないとできない。何が欠けても無理である。本当に必死である。私の本気度が試される時が来た。これができなければ、私はこれから何をやってもできないだろう。将来もない。人生も終わり。生きていく気にもなれない。すべてやめる。
ただ、これができれば、大きな自信になり、未来は明るい。
今まで私には難しいと思って後回しにしていた。この十数年考えても能力がないとあきらめていた。だが、できないと、やらないと、後悔して死にきれない。先月に決めたこの1年の唯一の目標である。できれば、亡くなった父に報告ができる。
父は私にいつも諸悪根源のもとは「道信お前だ」と言われていた。特にすべらんうどんをやった時にはそれが最高潮になった。道楽はいいかげんにしろと。少しぼけかかった父に毎日言われたのがつらかった。周りの人には馬鹿にされる。
今回の恥ずかしくて誰にも話さない話せない大きな決断に感謝。

*追伸

私の今回の目標を達成しても喜んでくれるのは両親だけだ。だけどそれでもやりたい。両親が喜んでくれることは私にとって一番の幸せ。私にその能力はあるのだろうか。試してみたい。何をおいてもやる。 
大きな7月に感謝。
(2019.7.13)



名古屋場所
7
7日から大相撲名古屋場所が始まった。
私は大相撲が人生の縮図と常に思っている。
そしてまさに先場所大関になったばかりの貴景勝が、けがのため休場し大関陥落。来場所に再起をかける。先場所大関を陥落した栃ノ心が、10勝挙げて今場所大関返り咲き。それも貴景勝に負けて大関陥落となった。人生、人の境遇は車の輪のごとく回る。あああである。
だが、これからまたどうなるかわからない。
人生ゲーム、すごろくゲームである。一喜一憂することなく謙虚に生きたい。

勝っておごらず、負けてくさらず、淡々と今の幸せをかみしめて生きたい。
今に感謝。
(2019.7.8)




もう7月になった。
あっと言う間に時間が過ぎていく。
色々な問題が山積しているなか、時間は過ぎる。
すべての人がその人なりの悩みや問題を常にかかえ、日々生活している。
それをどう受け入れどう対処するかで、その人のすべてが変わる。
イエスかノーか、右に行くか左に行くか、やるかやらないか、我慢するかしないか、やり抜くかやり抜かないか、あきらめるかあきらめないか、粘るか粘らないか、変えるか変えないかなどなど、どちらが正しいかわからないが、私は信念を持ってやり抜きたい、いや、やらなければならないと思って生活している。
当然、人さまとは違った生活にはなってくるが、変わり者で結構、自分の人生を歩みたい。
時があっと言う間に過ぎることに感謝。

*
追伸
最近やらなければならないことが多く、考えがまとまらない。迷いはないもののどうもしっくりこない。ただただ時間を上手に使いたい。いや、何が何でも上手に使わなければならない。
(2019.7.1)