hitorigoto

20208

今日のいい言葉
829日深夜午前1時過ぎ、NHK深夜便。
午前1時のニュースの後、パソコンを使うのでニュースだけ聴いたら消そうと思っていたが、なんとなくラジオをつけたまま聴いていた。適当に聴いていたのではっきりは覚えていないが、今の私にとってはとてもいい話だった。
2018
年の再放送みたいだったが、80歳のイラストレーター田村だれだれさんの話。
アナウンサーが好きな言葉はありますかとたずねると、いっぱいありますと。自分以外はすべて先生。なるほど。すべての人は生きているから孤独を感じる。誰でも死んだら孤独は感じない。なるほどである。今一番大切にしているものは? 父と母から偶然いただいた命。なるほど。つらいときどうしたらいいですか? 毎日絵日記を書いたらいいですよ。見返してみたらその時々の気持ちがわかり、時の大切さがわかりますよ。なるほど。だけど見えない私にはできない。ただ書くことはパソコンでできる。今もアホなことを「ひとりごと」で書いている。
今日の収穫。「孤独」とのつきあい方。自分以外は皆先生。よく聞く言葉だが。そして彼女の母と妹さんの介護の話。それは私と一緒だった。母の介護をさせていただくことが楽しみで幸せで感謝だった。淡々と若々しい声が心地よく私の耳と心をとらえた。こんな風に年をとりたい過ごしたい。
「孤独」に感謝。

*追伸
8
28日、安倍首相が辞任を表明した。やはりそうだった。安倍首相のことを批判する人は多いが、同じだけのことをできる人はなかなかいない。これから首相になる人は大変である。人のことを批判する前に自分自身を鍛えたい。安倍首相に感謝。
(2020.8.30)



冷静
お盆も過ぎ、来週には8月も終わる。
そして私は相変わらず、私の内面であるもう一人の私と会話する時間が長い。一人でいる時間が長いためである。もう一人の自分のことがよくわかってきたのか、最近はもう一人の自分と冷静に話ができる。話していて、苛立ちや悲しみは少ない。ありがたいことである。
わかったことは、もう一人の自分は自分に対して欲どおしく、身の程を知らないと言うことである。だから私と揉めるのである。だが、もう一人の自分のおかげで「永遠の自分、本当の自分、これからの自分」がわかるのである。

もう一人の自分との楽しい時間に感謝。
(2020.8.23)



落ち着き
お盆8月半ば、私の体調も落ち着き我にかえる。
静かに色々なことを考えてみるが、今年に入って母の死、コロナと、私の周りの景色はまるっきり変わってしまった。たぶん私も変わったのだろう。また変わっていかなければならない。次の新しいことを考えながら、向こうの方にぽつんと見える光を目指して迷路を迷わず、突き進む道があろうがなかろうが突き進む。
今までは母と一緒に歩んだが、母と父は今は私の両目の中に住んでいる。そして二人に語りかけながら一緒に進む。そんな毎日を楽しみながら、あの世の扉を常に横に見つめながら目標に向かって突き進む。ゴールにたどり着き十分に楽しんだら、あの世の扉を開いてもらって親のもとへ行きたいと思う。それまでは、あーでもないこうでもないと毎日を楽しみたい。
あの世への扉に感謝。

*
追伸
14
年前に父が亡くなり、今年母が亡くなり、あの世への扉を意識するようになった。あの世への扉は常に我々の周りにあり、条件がそろうと開き、扉の外には巨大な物質があり、その引力に引き込まれ、あの世へと引き込まれるような気がする。今の私は、まだこうやりたいああやりたいと思うことが多く明確なため、あの世への扉は開かれないと思っている。その扉が開かれたとき、私の状態がどうなのか。ことを成し得て素直に行けるのか、その時まだ思いが遂げられず否定してまだ粘るのか。わからないが、目の前にあの世への扉は常にあると言うことがわかった。普段から「覚悟」を決めて常に楽しく暮らしたい。
意識があることに感謝。
(2020.8.15)



まいった
8
3日午前1時。いつものようにパソコンにむかってあれやこれやしていた。
突然おなかに痛み。冷や汗が出だした。すぐにトイレに行き用を足す。それから大変。おなかの痛みはおさまらず、冷や汗はながれ、背中に痛みを感じ、吐き気をもよおす。吐き気をもよおしても、何もないので何も出ない。当然朝まで横になり起きたまま。その間苦しくて苦しくてどうにもならない。とにかく朝まで我慢と思いながらラジオと時間の確認で気を紛らわした。
午前8時半、母の初盆とご先祖様のお盆のお参りにお寺さんが来てくださった。正直フラフラだった。夕方病院に行き薬をもらうなどして、そして今日89日やっと少し落ち着きだした。その数日間、何もすることなくずーっと寝っぱなしだった。
そして、少し感じるところがあった。
8
3日に母の初盆のお参り。これはまた母からのメッセージ。母が亡くなった時も夕方食事に行って私は背中に亀裂骨折した。強烈だった。いづれの場合もしばらく家で母のそばにいて決して動かず「何かに気がつけ。そしてよく考え、行動を起こせ。」と言う母からのメッセージ。今回の2度の経験で、私が今「気がつかなければならないこと」に少し気がついたような気分である。
まさに「直観」だが、母からのメッセージに感謝。


*
追伸
私は母からのメッセージとは別にもう一つ感じたことがある。
今の私は「井の中の蛙」と言うこと。見えない眼でもっと見なければならない。感じなければならない。
(2020.8.9)



勢い
8
月に入った。
新型コロナの勢いは止まらない。それどころか感染はどんどん広がる。
人と人の交わりがある限り、当たり前のことである。人間が人間らしい生活をすれば、交わりがあって当たり前である。薬とワクチンができるまでは手の打ちようがない。それまでは、のらりくらりやるしかない。焦れば焦るほど感染は広がる。人の活動を止めれば感染は止まるが、社会活動が止まり経済で死ぬ人が増える。どちらかを立てれば、どちらかがいきづまる。
のらりくらいが一番。政治家が政治決断をすればするほど、おかしな方向に行ってしまう。今は自然と調和し、自然に任せ、受け身の生活が一番。薬とワクチンができるまで、時を味方にのらりくらい生活したい。
のらりくらりに感謝。
(2020.8.2)